でも確かに、存在しているよ、と必死に叫んでいた。
帰る場所。
ぴちょ。
あーー・・・、気持ちいい。
なんだろー。
ゆっくりと、は重い瞼を開いた。
そこは、いつも朝目覚めて見る茶色い天井ではなく、清潔そうな白。
「お、目ぇ冷めたか?」
低い聞き覚えのある声が、少し離れたところから聞こえる。
そちらに視線をめぐらせれば、何かをジャブジャブと水を張った桶で洗っているビクトールの姿。
「・・うっわ・・似合わなーー・・・・」
「お前な・・・・寝起き一発の台詞がそれかい」
そのあまりにも不釣合いな行動に、顔を緩めれば、額から何かがずり落ちてきた。
視界が白いもので覆い隠される。
「おら、あんま動くな。お前自分の状況わかってんのか?」
その白いものは、どうやら水で濡らしたタオルらしい。
ずれたそれを、ビクトールがでかい手で押さえる。
タオル越しに、手の暖かさが伝わった。
「あーー?」
どうして自分はここで寝ていたのか、瞳を閉じて記憶を辿る。
えーー・・今日は確か朝早くからセーヤ達とニケ城出たよね。
今日はナナミ連れてって貰えなくて拗ねてたなー。
いや、そうじゃなくて・・んとー、いつもどうりだったよなぁ。
森で歩いてて、あ、魔物にあったな。
んで、戦って・・・。
「あ。そっか、あたし怪我したんか」
そういえば、腹部が痛い。というか、焼けたように熱かった。
怪我したと思い出すと、いきなり痛みだしてくる。
「あの後、すぐに城に戻ってきたんだぜ。お前は意識ないし、
血がやけにでるもんだから、セーヤなんか半狂乱だっだんだからな」
ビクトールは肩をすくめて、ベットに腰掛ける。
その体重に耐えられないというように、ぎしりと軋んだ。
「じゃあ、ここ医務室?」
どうりで、あの独特の薬の香りがすると思った。
ビクトールはの額のタオルをとって、手を当ててくる。
「傷口からばい菌が入って熱があんだよ。絶対安静だと」
タオルを水に浸けて絞り、また額にタオルが置かれた。
ひんやり、と心地いい冷たさ。
「・・・んで、なんで一番医務室を任されるに似合わない、通称くまさんのビクトールがここであたしの看病をしてんの」
「言いたい放題だなおい」
「気にすんなv」
「するわアホ。・・ホウアンは今トウタと薬草取りいってる。セーヤは動揺しまくってたから、ナナミが連れてったよ」
セーヤはまだ、人の血に慣れてはいない。
特に、身近な人が傷つき、血を流すことを。
ソレを知っているは、ビクトールに悟られない程度に唇を噛んだ。
傷口が痛い。
ひどく、痛む。
「・・そ。でもなんでまたビクトールなわけよ」
ひつこく聞いて来るに、顔を引きつかせるビクトール。
「しょうがねぇだろうが!マイクロトフはお前の血を見て倒れそうになるわ、シエラは目を輝かせるわで、結局俺に回ってきたんだよ!」
「・・・ぷっ・・くくくく。なるほどね」
痛そうに顔を歪めながらも、体を曲げて笑うに、ビクトールはむすっとそっぽを向く。
暫くすると、の笑いも収まり、静寂が訪れる。
かちこちかちこちと時計の音がやけに大きく聞こえて。
は腕を目元に被せた。
暗闇が、覆う。
「なんかあったんだろ」
少しかすれてる、ビクトールの低い声が、響いた。
でもそれには答えず、はじっと動かないでいる。
ふぅ・・とため息を漏らし、ビクトールは続けた。
「おめぇがあんな魔物にやられるなんておかしいだろうが。それに戦闘中、途中からなんか集中力なかったよな」
それに気づいたビクトールは、注意しようとしたのだ。
しかし、次の瞬間、の腹部からは赤い血が溢れ出していた。
は、答えない。
「答えなくてもいいけどよ、これからの戦闘にかかわることなら、お前は外されるぞ」
沈黙。
もう一度、声をかけようと口を開いたビクトールだったが、
目元を隠していた腕をどけて、自分を見つめるに気づき、そっと閉じた。
「なにか、あったのか」
再度、問う。
の口が少し開き、戸惑ったように震え、また閉じる。
ビクトールはそのまま、黙って待っていた。
そして、また、恐る恐る開いた唇。
「泣いてたんだ・・・」
搾り出したような声に、ただうなずくビクトール。
はまた目元を両腕で覆った。
「あの時の魔物、二匹いたでしょ?」
「・・ああ」
「一匹目は、あたしが留めさしたの」
「残りの一匹は、泣いてた。死んだ仲間を思って」
かちこち、かちこち、時計の音すら、うるさい気がする。
の小さい声を、聞き逃さないようにビクトールは耳を澄ました。
「そんで、思ったんだ。魔物だって仲間を思って泣くんだ、自分たちとまったく一緒じゃないかって」
震える、声。
涙をこらえてるのが、わかった。
「でも、やらなきゃ俺たちがやられてた」
ばっと腕をはずし、は上半身だけ起き上がる。
眩暈がする。
傷が、イタイ。
何処かが、痛い。
「そうだけど!!・・・っそう・・だけど・・・」
ついに、の瞳からは涙が溢れて、こぼれ出た。
一度でてしまったらもう止まらないようで、せめて泣き声だけはと口元を押さえている。
「あたしだって・・仲間が死んだら悲しい・・。セーヤや、ヤムや、みんながいなくなったら悲しい!!!」
殺してきたたくさんの命。
すべてを覚えてなんかない。
でも。
「・・・一緒だから・・・っ」
でも、その魔物の仲間にとっては、けして忘れられない命なのに。
「っ・・あたしは・・生きてる価値もないのかもしれない・・・」
「・・・・・」
黙っていたビクトールは、そっとの頭を撫でた。
はぎゅっとビクトールの服を掴む。
うつむいて、ただ泣いていた。
「俺には、守れなかったもんがたくさんある」
びくりと、少し震えるの体。
服を掴む手に、力がこもった。
「でも、守りたいもんもたくさん手にいれた」
死んでいった仲間達。
手に入れた仲間達。
比べることなんて、出来ないけれど。
「俺は、もう失したくなんかないからよ。ただ、今は前に向かって進むしかできねぇ」
後悔とか、後ろを振り返ることなら、あとで嫌ってほどやってやる。
だから、その時まで、その時のために、自分は生きていなくてはならない。
「失うことは、辛ぇよ」
やさしく、抱くとまではいかないけれど、の肩に片手を回した。
震える、体。
それは、どちらの震えだったのだろう。
「だから、頼むから、死んでくれるな」
ぱたん。
医務室のドアを、そっと閉めた。
すると、ぱたぱたとセーヤが走りよってくる。
「はっ?」
普段マイペースでのほほんとしているセーヤが、心配そうに目を不安の色一色に染めていた。
「ああ、今ホウアンが帰ってきて、薬飲んだら寝ちまったよ。もう、大丈夫だと」
「そ・・っか。よかったぁ・・」
ほっと胸を撫で下ろしたセーヤは、みんなに報告してくる。と足早に去っていってしまった。
その後姿が見えなくなるまで見つめていたビクトールだが、息を深く吐くと壁に寄りかかる。
明るい廊下を暫く見つめ、ゆっくりと目を閉じた。
この場所。
ここに存在するすべての仲間達。
それを守ることが、自分の存在理由。
だからこそ。
だからこそ。
end
今回はビクトールです。
シリアスに、命のことをしゃべってもらいました。
誰かの命を奪って生活する人たちは、
こういった悩みにはいつかはぶつかるのではないでしょうか。
命の重さを誰かと比べることはできないけれど、
自分の中では、自分より重い命達がたくさんあったり。
でも、大切なものほど失いやすいのは何故でしょうね。
もどる。