その日は朝から体がだるかった。
でも気にしないで船着場にいったら、目の前の景色がいきなり歪んで。
ちょうど遊びに来たの腕に、そのまま倒れこんでしまった。



無力。



けほっ。
一つ咳をしたのはベットに横たわっている、いつもは船着場にいるヤム・クー。
その額にはバンダナではなく、水に浸したタオルが置いてあった。
傍らに立っていたは、ヤム・クーの着ている白い浴衣の合わせに手を入れて、体温計を取る。
その時触れてしまった体は、かなり熱かった。
「39,2度、完璧に風邪だね」
体温計をふりふり、告げられた言葉にヤム・クーはため息を漏らす。
「熱い・・」
ヤム・クーは何枚か重ねて羽織っている掛け布団が熱いらしく、ぺろりとめくってしまった。
それをすぐは元に戻す。
「汗かかなきゃ熱下がんないでしょうが。我慢しなさい」
タオルをとって、ぺしぺしとそのおでこを叩けば、拗ねたような青い目が自分を見る。
子供のようなそれに、笑いが零れた。
氷を張った水でタオルをゆすぎ、長方形に畳んでまたおでこへ。
赤くなった頬も冷えた両手で包んでやれば、気持ちがいいのか、ヤム・クーは瞳を閉じる。
はよしよし、と金色の髪を撫でて、笑った。
「今日はあたしが看病してあげるから」
その台詞に、普段は見えない両目が、力無さげににっこりと細められた。
ベットの端に腰掛け、さらさらとヤム・クーの髪を何度も弄ぶ。
「・・・・だるいで、す・・・」
喉もどうやら痛めているらしく、掠れた声。
「そりゃ、39度もありゃだるいでしょ」
「・・釣り、したいです・・・」
「我慢しなさい」
ヤム・クーの言葉を、ぴしゃりと禁止する。
「・・・さ」
は、おでこのずり落ちそうなタオルを上から押さえ、ずいっと鼻先が触れるほど顔を寄せた。
思わず次の要求を言おうと思ったヤム・クーの口は閉じてしまう。
「よし」
笑って離れる
まるで母親のようだ、とヤム・クーは思った。
小さい頃の実の母親の微かな記憶が脳裏をよぎる。
それは、すぐにに切り替わってしまったけれど。
ぽんぽんと頭を軽く叩かれ、目元を手で覆われる。
「とりあえず少し寝な、ご飯作って貰ってくるから」
「・・はい」
暗闇の中、目を閉じればまた暗闇。
ふ、との掌が離れていくのが判ったが、思考回路はそこまで。
熱を出すと体力を激しく消耗するせいだろうか。
ヤム・クーはそのまま、深い眠りへと落ちていった。




白い、見渡す限り白いところに、自分は立っていた。
ここは何処だろうと、見渡せば、視界の端で何かが動く。
そこには白いウサギが一羽。
ただ、自分の腰辺りまでの大きさで、服を着て、加えて二足歩行だったけれど。
暫くその赤いくりくりした瞳と見詰め合っていたが、
ウサギが羽織っているチェックのベストからなにかを取り出して見せた。
自分に向けるそれは、一つの小さい手鏡である。
なんだろう、とよくよく見てみると、映っているのは少し俯き加減のの姿。
『この人、お兄さんの大切な人?』
口は動いていなかったが、確かにウサギによって発せられた声のようだ。
ヤム・クーは驚きながらも軽く頷く。
にこり、とうさぎが口元を緩ませ微笑んだ。
『忘れちゃダメだよ、それ』




ぱち。
そんな擬音語がぴったりの様子でヤム・クーは目を覚ました。
眠りの余韻も無く、あっさりと起きたようだ。
薬を飲んで寝たわけではないので、たいして熱は下がっていない。
相変わらずのだるさと、頭痛。
でも、やはり疲れていたようで、時計をみれば結構眠ってしまっていたらしい。

なんとか体を起こして部屋を見渡せば、窓際に佇むの姿を見つけた。
窓枠に手を置いて、夕日に照らされている。
眩しくて目を細めると、の姿が一瞬かすんで見えた気がした。



どくっ。









「っさんっ!!」
いきなり大声で呼ばれたはびっくりした表情で振り返ってくる。
どくどく、と跳ねるように脈立つ自分の鼓動に、ヤム・クーの頬に汗が一筋流れた。
布団を掴む掌が、震えているのが自分でもわかる。
「どした?」
そんな様子のおかしいヤム・クーに、も心配になって駆け寄った。
「っ・・あ。い・・いえ、なんでも、ないです。すいません」
なんだろう、この胸騒ぎは。
不安で、たまらない。
視線を上げれば、心配そうなの瞳。
ヤム・クーはにっこりとなるべく優しく微笑んで、大丈夫です、と付け足した。
すると少し安心したらしく、笑い返してくるに、自分も安堵する。

と。



どごぉぉぉおおお!!!



地響きと共に聞こえた爆発音。
下の階から、仲間達の叫び声もした。
「っなに?」
は窓に駆け寄って入り口の辺りを見下ろせば、そこからもうもうと煙が立ち上がっている。
ベットの端に立てかけておいた長剣をひっつかんで、は駆け出した。
「ヤムっ!あんたはここで待ってて!」
さんっ」
出て行くを追おうとベットを降りるが、やはり体が思ったように動かない。
二、三歩歩いただけで息切れがする。
ついにはがくり、と床に膝をついてしまった。
の足音は、もう聞こえなくなっている。
冷たい汗が、顎を伝って床に落ちた。



嫌な、予感がする。








その時、どうして這ってでもを引き止めなかったのか。

ヤム・クーは後悔することになる。







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また始まりました、シリアス長編。
今回もヤムがお相手です。
流星群は戦わない理由でしたが、今回のテーマは戦う理由って感じでしょうか。
風邪っぴきヤム・クー。
39度までいくと、あんま意識なくなりますよね(辛)
ウサギさん、あれはヤムの夢ですよ、一応。
とりあえず5話以内には収めたいですが、どうなるか・・。
よろしかったらお付き合いくださいませ。



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