あの時の約束。
そっと、ヤム・クーは耳元を触った。
ピアス
言われてみれば。
海のような青い瞳、少し銀髪混じりの猫ッ毛。
それはまぎれもなく彼のものと同じで。
加えて同じ名前とくれば、こりゃまさに13年前のヤム・クーに間違えないだろう。
んがしかし・・・。
いや、あたしだってヤムが昔からあんなに和みキャラだったとは思ってなかったけど、
こんな生意気で喧嘩っ早くて冷めた奴だったとは・・。
思わず大声を上げたに、思いっきり顔を顰めるヤム・クー。
「なんか文句あんのか」
睨んでくる青に、は大きくふるふると首を振った。
「い・・っいや、知り合いと同じ名前だったから驚いただけ・・ごめん」
乾いた笑いを浮かべつつ、頭を掻く。
でも実際。
今、対象の彼を助けたのだから、もう役目は果たしたのだろうか。
いやしかし帰れる感じは微塵もない。
ということは、老婆が言っていたここにいれる期限、四日間の内にまた何かがある可能性がある。
無かったら無かったで、これで帰れるのかもしれない。
そう思うと気が少し楽になったは、ヤム・クーの隣に腰掛けた。
「ねぇアンタ・・じゃなくてヤム・クー」
覗き込むように言えば、そっぽ向かれる。
「家帰るつもり無いって言ったよね。だったら四日間だけここの宿に一緒に寝泊りしない?」
その方が何かあった時対処できるし、とそんな言葉は飲み込んで。
「は!?なんであんたなんかと!」
勢いよく立ち上がって、痛むらしい足を引きずりつつ立ち去ろうとする。
はその腕をぎゅっと掴んだ。
「だって帰らないんなら何処に泊まる気?宿って高いの知ってんでしょ」
ヤム・クーが、ぐ、とくやしそうに唇を噛むのがなんとなく分かる。
それに笑いを零して、強く腕を引っ張った。
細い体はいとも簡単にの腕の中に収まり、後ろから抱きすくめられる。
「んな!!!〜〜っにしやがる!!」
痛いだろうに、ねんざした右足をも蹴り上げて、思いっきりもがいた。
そんな体を押さえて、は口の中で詠唱をはじめる。
「・・彼の者に癒しの一滴を」
紋章を刻んだ右手を、暴れるヤム・クーの額に当てた。
とたん、蒼い光がぼんやりと体を包み込み、いたる所にあった傷がほんのりと冷えていくような感覚がする。
それは決して不快では無かったので、ヤム・クーは思わず動きを止めた。
「・・・?」
その感触はいつのまにか終わっていて、気付いた時には先程まであった足の痛みも嘘のように消えている。
確かめるように、とんとんと右足で足踏みしてみるが、やはり正常だ。
「直ってるっしょ?」
やけに嬉しそうな声が上から聞こえたので、ちらりと視線を向ける。
そこにはニヤリと意地悪そうな笑顔を浮かべたの顔があって。
ち、と舌打ちを小さくして、するりとの腕から潜り出た。
そのまま出て行ってしまうかと思いきや、窓際に歩み寄って、そこに腰掛ける。
「ヤム?」
思わず問い掛ければ、一瞬だけ青がこちらを向いた。
「・・・しょうがねぇから居てやるよ・・どうせアンタの言う通りこのままじゃ野宿だしな」
「・・・あそ」
まったく、どう育ったらこんな生意気なガキがあんな風になるんだか。
しかしとりあえずこうして傍にいれば、役目は果たせそうだ。
ふぅ、とは安堵のため息をつき顔を洗ってこようと立ち上がる。
洗面所のノブを掴んだ時、カンッと小気味良い音を立てて自分の頭に何かが当たった。
結構痛くて、何だっ!と振り返れば足元にはまだ踊っているアルミの灰皿。
そして窓際でこちらを向いているヤム・クーで。
窓の隙間から少し風が吹き込んで、さらさらとその髪を流した。
「・・・・・・・ありがと」
大分の間の後の感謝。
夕日の逆光で表情は見えなかったが。
はにっこりと笑って、どういたしましてとだけ返した。
過去に来て一日目の夜は何事もなく過ぎていき、
次の日の朝、ちゅんちゅんと囀る小鳥には目を覚ます。
上体だけ起き上がって大きく伸びをすると、隣のベットに視線を落とした。
そこには猫のように体を丸めて、寝息を立てるヤム・クー。
幼いその寝顔に、自然と笑いが零れた。
起さないようにそっと立ち上がって、水を一杯コップに注いでくる。
こくりと一口含みながら、ころりと寝返りを打ったヤム・クーの傍に歩み寄った。
羽織っている浴衣が少し肌蹴て、浮き上がった鎖骨が見える。
「細いなぁ・・・、ちゃんと食ってんのかね」
なんとなく枕に流れてる金糸を撫でながら呟いた。
未来の彼は今ごろどうしているんだか。
買い物リストに確か彼の頼み物もあったから、いつもの船着場で自分を待っているのかもしれない。
床に座り込み、ベットに肘をつく。
目の前には、眠る彼。の13年前。
いつもはどちらかといえば子供扱いされるけど。
「ふふ、やっぱあいつにもこんな時があったんだなぁ」
「あいつって誰?」
いきなりしゃべったかと思えば、ぱちりと開いたヤム・クーの目。
「なに、起きてたんかい」
くあ、とあくびをしてヤム・クーも起き上がる。
がしがしと寝癖のついた髪を掻いて、眠そうに見下ろしてきた。
「当然だろ、傍であんな風にうるさくされちゃ。それよりも俺の質問に答えてもらってないんだけど」
「え、ああ「あいつ」?うーん何て言っていいんだか・・・」
まさか、未来のあんただよ、とは言えないし。
言葉を濁すに、ヤム・クーは目を冷たく細めた。
乱れた浴衣を直し、ベットから降りる。
「もしかしてあんたのいい人とか?」
笑いを含んだ台詞。
は一瞬きょとんとして、次には噴出してしまった。
視界の端でヤム・クーが不機嫌な顔をしたのが見えたので、なんとか笑いを飲み込む。
いい人ねぇ・・・・。
頭に過ぎる彼の笑顔に、自分も勝手に口元が緩んだ。
「そうだね、うん。いい人、かもね」
ヤム・クーはそんなの言葉に、きゅっと唇を気付かれないように噛む。
どうして。
どうしてそんなに素直に言えるんだろう。
そのまま、くるりとヤム・クーはに背を向けて、洗面所に姿を消した。
昼になって買い物がしたいと言ったは、むりやりヤム・クーを宿から連れ出していた。
空は晴天で、もちろん買い物日和。
昼時の市場は、主婦でごった返していた。
荷物を片手に、少し前隣にいる少年に視線を落とす。
もちろんその表情は、不機嫌の頂点に近くて。
「なーに怒ってんの?」
「・・・怒るに決まってんだろ。勝手に連れ出しといて」
ヤム・クーはを睨みつけながら、ぐ、と持っている荷物を見せ付けた。
見た目でも判るほど、結構な重さのようだ。
「なんで俺まであんたの荷物持ってやらないといけねぇんだよ!」
大声で言うヤム・クーを横目に、林檎を二つ店のおばちゃんから受け取る。
その一つをぽんっと怒る彼の手に乗せた。
「はいはい、感謝してます。だからこれはあたしの奢りね、それで機嫌直してよ」
自分の分の林檎を齧り、は軽くウィンクする。
ちっ、と思いっきり舌打ちされて。
ヤム・クーはそっぽを向いて、かしゅ、と思いっきり林檎を齧ってやった。
は笑って、一度その頭を撫でる。
「さて、買いたいもん買ったし帰ろうか」
「・・・あんたの物だけじゃねぇかよ」
「何、なんか欲しいわけ?」
体を屈めて覗き込めば、あまりの顔の近さに驚いたのか一歩後退してしまった。
「何にも、ねぇけど・・」
その頬が少しだけ赤く染まってるのが見える。
あらら、ウブだねぇ。
くすくすと笑えば、それに拗ねたように先を歩いていってしまうヤム・クー。
「ちょっとまってってば」
「るせぇっ、さっきから人のこと馬鹿にしやがって!」
2人はすたすたすたと人ごみを掻き分けて早足で追いかけっこする。
それでもやっぱりの方がコンパスが有るせいかすぐ追いついてしまった。
「つっかまえたー♪」
がしっとその細い肩を掴んだその時。
「見て、ヤム・クーよ」
そんな、耳元を流れていくような声に二人の動きが止まった。
聞こえた方向へ視線を向ければ、何人かの主婦らしき奴等がこちらを見て何か言っている。
もちろんそれは気分の良いものではなくて。
「タイ・ホーさんに拾われたからって言ってもねぇ」
「喧嘩ばっかりしてるんでしょ?いやぁね、何処か行ってくれればいいのに」
「ほら、あの年で女の子とも関係持ってるみたいよ」
「この町はあんな子がいるから・・・」
聞こえてきるのは罵倒の言葉のみ。
周りはざわざわと騒がしいのに、とてつもなくはっきりと届く。
「ヤム・・」
ふるふると、肩に置いていた手から伝わってくる微かな震え。
見れば、ぐっと下唇を噛んだその表情はひどく辛そうだった。
思わず、軽く腕を回して少しだけ抱き寄せる。
それで多少落ち着いたのか、大きくヤム・クーが息を吐いた。
しかし。
「あんな子を拾うなんて、タイ・ホーさんもたいした事無いわね」
その、あまりにも良く聞こえた台詞はあまりにも。
あまりにも。
「・・・っ」
ヤム・クーは大きく震えると、の腕を振り払った。
そのまま逃げるように、人ごみの中に走り去っていく。
一瞬だけ見えたその顔は、今にも泣きそうな、それでいて寂しそうなもので。
初めて見たそんな表情に、は暫く立ち尽くしてしまっていた。
next
生意気小ヤム。
そろそろ佳境へ入っていきます。
ヤムもきっとこんな風に荒れれて、町の人たちに蔑まされたことは有ると思うんですよ。
今のヤムならともかく、昔の彼だったら受け流す術を身に着けてなかったでしょうね。
だから溜め込んで、反発という形で出てしまう。
うーん、まるで今の私のようだ(笑)
あう、無駄に長くなっていきますね、どこまでいくのやら(苦笑)
とりあえず最後までの構図は出来てますので、続けて書かせていただきます。
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