必要なのは。
ドミノ
「あんた、誰?」
「・・はい?」
そんなの言葉に、言われたヤム・クーはきょとんとしてしまう。
痛そうに頭を冷やしたタオルで押さえて、不思議そうに見つめてくるその瞳。
事の発端は昼食をとっていた時である。
とヤム・クーは一緒の席についていた。
ウェトレスに料理を注文して、談笑しながらそれがくるのを待つ。
これは、いつもと同じ風景。
そんな時に、シーナとビクトールがレストランに駆け込んで来た。
「うらぁ!まてやシーナっっ!」
「待つかばーか!!」
まるで子供のような小競り合いをしつつ、どたどたとレストラン中を走り回る二人。
だが、それもいつものことなので、達も他の仲間達もたいして気にしていない。
しかし、シーナが達が座っていたテーブルに足を引っ掛けたところから事態は一変した。
見事にずっこけたシーナは、そのままの胸にダイビング。
もちろんその衝撃にたえられるはずも無く、はそのまま後ろに押し倒されてしまう。
その時は頭を打って意識を失ってしまい、ヤム・クーが医務室まで運んだのだった。
そして時は現在に至る。
固まってしまった二人に、近くにいたホウアンはの頭に手を乗せた。
「さん?私が誰だかわかりますか?」
静かに問えば、むっと不機嫌そうに顰められた瞳。
「ちょっと馬鹿にしないでよー。ホウアンに決まってるじゃん」
「・・・そうですね。それじゃ、こちらの方は?」
そう言って隣に立っているヤム・クーを指差せば、は視線を上げてその顔を覗き込む。
ぽりぽりと頭を掻いて、眉を眉間に寄せた。
「・・・・誰?」
申し訳無さそうに言うに、思わずホウアンとヤム・クーは見詰め合ってしまう。
これってもしかして・・。
「記憶喪失・・ですか?」
どたどたどた!!
やかましい音を発てて、何人かが医務室に駆け込んでくる。
ベットに座っていたは、それによって激しくなった頭痛に頭を押さえる。
「!ビクトールのせいで記憶喪失になったんだって?俺のこと覚えてる?」
肩を掴んで迫ってくるのはシーナ。
「っておい!お前もだろうがシーナ!!」
ピクトールはびしっ!とシーナの後頭部にチョップを食らわせる。
それに、シーナは振り返ってビクトールをギロリと睨みつけた。
「元はと言えばお前が悪いんだろうが!」
「なんだと!」
「んだよ!!」
ぎゃんぎゃんとケンカをまた始める二人に、頭痛はひどくなる一方だ。
「やっかましいわ!!シーナ、ビクトール!!」
思わず怒鳴り散らすと、二人は思わず驚いて動きを止めた。
そんな二人をかいくぐって、カミューとマイクロトフが傍にやってくる。
「大丈夫ですか?心配しましたよ」
「記憶喪失・・ということは俺たちのことも覚えてないんですか?」
心底心配そうに言う二人に笑いかけて、は首を横に振った。
「いーや、ちゃんと覚えてるよ。カミュー、マイクロトフ」
案外しっかりしたの声に、ほっと安心する二人。
しかし、マイクロトフが顎に手を当てて、不思議そうに首をかしげる。
「じゃあ、記憶喪失って・・・・なにを?」
素朴な問いに、は気まずそうにうつむいてしまった。
ぎゅっと胸の服を掴む。
「ヤム・クー・・・さんって人のこと」
聞き取れるか聞き取れないかという程の小さい呟き。
その場にいた全員は、思わず顔を見合わせてしまう。
そんな反応に、は唸ってベットに突っ伏してしまった。
「っあーー!!皆そういう反応すんだよーー!あたしだって忘れたくて忘れたんじゃないのに」
今まで見舞いに来た人も、ヤム・クーを忘れたと言うと驚いた顔をするのだ。
しかしそんな顔をされても、忘れているものは仕様が無いのに。
でも、胸につっかかるこの喪失感は。
「・・・・・すまねぇ」
「・・ほんと、ごめんっ」
急にかしこまって頭を下げるビクトールとシーナに、は驚いてしまう。
起き上がって、そんな二人を交互に見つめた。
「何、どうしたのよいきなり」
この二人がこんなに素直なんてはっきり言っておかしい。
すると、ビクトールが苦虫を噛み潰したような表情で視線を降ろしてくる。
「一番、忘れちゃいけない人のことを忘れさせちまったから・・」
シーナも、申し訳無さそうに頷いた。
「忘れちゃいけない?」
ふ、と。
記憶喪失が発覚した時の彼の顔が頭をよぎった。
決してを攻めることも、咎めることもせず、ただにっこりと微笑んできて。
ぽんぽん、と痛む頭を撫でてくれた。
思わずそのあたたかい手に、なんでか涙が出そうになって。
ぐっと強く唇を噛んでしまった。
その後、皆がお見舞いに来ているうちに、いつのまにか彼はいなくなっていて。
なんでか、ひどく、寂しかった。
「・・・ねぇ」
「?なんだ」
足を床につけて、ベットから降りる。
「ヤム・クーさんって、今、何処にいるの?」
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2話で終わらせようかと。
今回は記憶のコトを書きたいと思ってます。
詳しくは2話のあとがきでv
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